窓の外

 私のデスクは窓際にある。桜も終った佐古川添の道は、新緑が陰をつくり結構な散歩道になっている。
 幼稚園児、小学生の賑やかな登校も終り、9時過ぎからは定刻に通る人達の閑静な道に変貌する。スポーツウエアを着た60過ぎの男性が絵に書いたようなきわめつきのポーズをして走ってくる。
続いて、犬を引っぱった40過ぎの女性が、そそくさと紙袋を手に小走りで通る。
 10時過ぎ、少し猫背のサンダル履きの70過ぎの男性が登場するいつも元気のないトボトボ歩きをしている。「元気出してよ」と声をかけたくなる。故郷で独り暮しをしている弟のことなど思い出す。
 11時頃、シニヤカーに乗った80過ぎの女性が出現する小旗をひらめかし、真っ直ぐな姿勢で運転席に腰をかけている。前方より来る人も自転車も時には自動車までバックをさせている。断固として我が道を行く姿勢の強さに少々の羨ましさも感じる。彼女の通る200メートルあまりの一本道、少しの間は誰も通らない事を祈っている。
午後の部の圧観は、チワワの犬を連れた4,5人の老女の集団である。小学校の低いセメントの塀に一列に並んで、小休止する四方山話が始まる。実に平和・平凡を絵に書いた風景である。私も仲間になったつもりで眺めていた。
ところが、3月11日の東日本の大震災を知った日からがらりと変ってしまった。

      アビキョウカン  モロテ
     阿鼻叫喚  双手をあげて 波に消えし
     この映像は 現実なりき


人も家も車も、生きとし生けるものを掻き浚って行った今度の大津波、過ぎし日の大東亜戦争の焼土化よりもっともっと悲惨である。情け容赦ない残酷さをつきつけて来た相手は訴えようもない自然である.無差別殺人、生と死を誰れが定めたのか・・・ 

            こともなげに 消息不明を告げ続く 
            誰れがえらびしや いとけなき児を


人間って、紙一重の差で生きているのだなあ、3月11日以来、窓の外の往来する人の姿を見ても 、うつし絵の一枚を見ているようなむなしさを感じてならない黒いアゲ羽の蝶が、今日も窓辺に乱舞している。
(木村 喜美子)